【レポート】興居島パワースポットツアー~No3

さて、次に行ったのは船越和気姫神社

興居島の名の由来になった和気姫を祀る興居島で一番大きな神社です。wakehime_1

和気姫の由来についてはNo1をご覧ください。

シーンとした清浄な空間。
綺麗に祓い清められており、偉大な神様が確かに鎮座しておられることが感じられます。

ご祭神は

和気姫命(第7代孝霊天皇の第三皇子伊予皇子の妻で、その第三子がオチノココトで伊予豪族河野氏の先祖)
品陀和気命(第15代応神天皇)
息長帯姫命(応神天皇の母神宮皇后)
玉依姫命(海の神・綿津見神の娘。豊玉姫命の妹で神武天皇の母)

私が興味深いのは白石龍神社のご祭神の豊玉姫命の妹も祀られていることです。豊玉姫命と山幸彦(彦火火出命)の子供、鵜茅葺不合命(ウガヤフキアエズの命)とご結婚され神武天皇をお生みになられました。

ということはこの高浜湾をはさんだ一帯で、神武天皇がお生まれになる一連の神様が祀られていることになります。

海神・綿津見神(豊玉彦命)⇒浜宮神社
–豊玉姫命⇒白石龍神社
–玉依姫命⇒和気姫神社

–山幸彦⇒白石龍神社

興居島には意外に古い歴史が隠されているのかもしれません。

各自でご参拝をすませていると、近所の方に声をかけられました。
偶然、近くの町内会の会長で和気姫神社の管理もされている方です。

松山市内から来て興居島の神社仏閣を廻っていることを説明すると、初対面にも関わらず、何と普段は入ることができない本殿にも案内していただけることになったのです。

私は和気姫に受け入れられたのではないかと感じ、少しうれしくなりました。

和気姫神社本殿。清浄な雰囲気が漂っています。

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歴史を感じさせる変わった狛犬。

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拝殿の中も案内してもらい興味深い昔の扁額や写真があります。
江戸時代の「船越八幡宮」の扁額

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沿革によると船越八幡宮に改称された天喜二年(1054年)に京都より初代重松宮司が着任したとのこと。現在の宮司も重松さんなのでということは1000年近く続いているということ?

こういった小さなところでも継続、歴史の国・日本が息づいていることが判ります。
昨年、出雲大社に行ったときも大社横に宮司の私邸があり、ここは個人宅なので入れませんと。
そして出雲大社の宮司は出雲国造の子孫ということで驚きました。

まさに神話の国を体現していると思います。

昭和初期の和気姫神社の写真もあります。祭りなのか大勢の方が集まって賑やかな様子です。
昔はこの小さな興居島でもとても大勢の方が暮らしていたことが伺えます。

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現在、電化、IT化など社会が高度化されればされるほど都市部へ人口流失が続く訳ですが、そろそろ現在の仕組みのひずみも大きくなってきましたので、現在の有り方そのものも見直されてくるようになるのではないしょうか?

そういった力を田舎や日本の国土は持っていると感じます。

興居島パワースポットツアー つづく。

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